不妊と妊娠を隔てている一因は、Tregと腸内細菌のコンビ愛である【腸と免疫シリーズ9】


子どもを産み育てるというのは、生命にとって大切な機能です。
人類なら人類という種を、個体が生きていられる期間以上にわたって地球に存在させつづけるための唯一の方法であると言い換えてもいいかもしれません。
というわけで、始まりましたぁ! シリーズ『あなたも聖徳太子の子どもだった!?』(タイトルがなんか不謹慎)
地球上に長く存在しつづけることがすなわち善きことかどうかが別にして(仏教には涅槃という考え方もあるわけやし)、
わたしたち生命は、「できるだけ自分が死なないこと」と「子孫を残すこと」を基本プログラムとして生きています。
ただ、人間というのはあまりに複雑な社会を形成してしまいました。
愛があるかは別にして誰とでも自由に交尾をし(言い方。)、子どもをぽこぽこ産み、しばらくしたらあとはテキトーに頑張ってね〜
はい、次産もう〜
というわけにはいきません。
その点、シマウマとかすごいよな。
産まれて1時間とかで歩きますもんね。
まあ、さもなくば食われて死にますもんね。
人間の場合、
自分のキャリアのためにとか、
お金がなくてとか、
あるいは二次元の外に異性がいることに気が付かんとか、
子どもを望まなかったり、高齢になってから出産を望む場合がままあります。
そんなふうに、「子どもは計画的に」というのが当たり前の人間社会ですが、
最近は「不妊は当たり前」というおかしなことになっているようです。
今日は、制御性T細胞(Treg)と腸内細菌のお話を中心に、不妊や妊娠についても触れていきたいと思います。
目次
制御性T細胞(Treg)とは

制御性T細胞(Treg)には、胸腺という免疫の学校的な臓器でできるものと、「ナイーブT細胞から様々なサブセットへの分化」でできるものと2種類ありますが、今回は腸に多く存在する制御性T細胞(Treg)についてお話したいので、後者に的を絞ります。
「ナイーブT細胞から様々なサブセットへの分化」ってなんやねん、という方は、下記の記事もお読みくださいませ。
ひとことで言うと、いろんな外敵を攻撃してくれるT細胞にもいろいろありますが、もとは全部ナイーブT細胞(Th0)やったんやでという話。(ものすごくはしょった)
その中でも制御性T細胞(Treg)はちょっと特別な働きをしていて、免疫の過剰反応をなだめてくれるという役目があります。
ちゃんと栄養になってくれる食べ物や、特に害はない花粉なんかに反応してしまうのを防いでくれます。
アトピーや炎症性腸疾患などにも深く関係しているのではないかと、近年研究がどんどん進んでいます。
制御性T細胞(Treg)と腸内細菌
制御性T細胞(Treg)、つまり腸管免疫と腸内細菌が深く深く関わっていることは、これまでも何度か触れてきました。
ちょっとおさらいしてみましょう。
- 無菌マウスにはTregが少ない
- 特定のクロストリジウム綱の腸内細菌には、Treg誘導作用がある
- 腸内細菌が食物繊維を分解することでできる酪酸・プロピオン酸にはTregを増やす作用がある
こう書くと少しわかりにくいですが、口からおしりまでたくさんいる細菌たちのうち、「大腸に住む菌たち」に制御性T細胞(Treg)を増やす作用があるようです。
不妊・妊娠と制御性T細胞(Treg)

不妊に悩むカップルのうち、女性だけに原因があるケースというのは、実は半分に満たないそうです。
不妊治療は二人で取り組むものですが、女性側で妊娠しにくい場合には、どのようなケースがあるのでしょう。
妊娠が成立するには、
卵子が卵巣できちんと成熟しているかどうか
卵管を卵子が通っていけるかどうか、などさまざまな関門があります。
その中でも一番の関門が、「異物である精子を受け容れ、受精卵を胎児として育てられるか」ということになります。
免疫シリーズをお読みいただいた皆さんは、「異物」に対して身体がどう反応するか、おわかりですよね。
そう、狂喜乱舞します。(不正解やわ)
そう、「排除しよう」とします。
つまり、通常であれば、赤の他人の、しかも異性の精子なんてものを、子宮が大人しく受け容れてくれるはずはないんです。
それを防いでいるのが、制御性T細胞(Treg)というわけです。
妊娠期には、そのTregが一気に増えます。特に父親の精子に対して、排除の反応を示さないように働きます。
これがうまく働いてくれないと、妊娠しにくかったり、妊娠しても流産しやすくなると考えられています。
アトピーやアレルギー、自己免疫疾患だけではなく、不妊にも制御性T細胞(Treg)が深くかかわっていたんですね。
ちなみに、不妊には子宮内細菌のバランスも大いに関係しているそうです。[1]Evidence that the endometrial microbiota has an effect on implantation success or failure
腸内フローラと全身の細菌たちは、相互に通信していますので、自分である程度コントロール可能な腸内フローラを正常に保っておくことがとても大切なんです。
出産後の制御性T細胞(Treg)と、母乳のすごさ
前回の記事で、赤ちゃんは母乳から経口免疫寛容を獲得するという話をしました。
母乳の中には、
- 食べ物の情報(食物抗原)
- それに対する武器の情報(IgA、IgG)
- 赤ちゃん&赤ちゃんの腸内細菌のための食事(オリゴ糖)
- 免疫を寛容な方向へ誘導するための分子
が含まれます。
妊娠中に増えた制御性T細胞(Treg)が、母乳を通して赤ちゃんに外界のことを教えてくれるんです。
まるでインドに旅行する前に、インドの気候やお金のこと、レストランや宿でのマナー、ガンジス川で日本人が泳いでも命に別状はないかどうかを教えてくれる『地球の歩き方』のように。
そういう意味では、母乳って全世界のための『地球の歩き方』なわけやから、すごいですよね。

妊娠中にめちゃくちゃ増えた制御性T細胞(Treg)は、授乳中は引き続き多く存在する場合が多く、およそ3年程度でもとに戻るだろうと推測されています。
このように、妊娠中〜出産直後のお母さんの腸内細菌は、制御性T細胞(Treg)をたくさん出してくれる状態になっています。
出産後もしばらくは妊娠しやすい状態が続くように、免疫が寛容であれば母体にも赤ちゃんにも「受け入れ体制」が整います。
ちなみに、制御性T細胞(Treg)が増えることと、免疫力が落ちるということはまったく意味が違うので、いちおう断っておきます。
うちのドナーバンクはまだまだできたばかりですが、いつか妊娠中&授乳中のお母さんたちが腸内フローラ移植のドナーになって、不妊や流産に悩んでいる未来のお母さんが命を授かるきっかけになれば、すごく神秘的なことだと感じます。
(妊娠中&授乳中のお母さんが今ドナーバンクにいるかどうかは、マル秘です。)
引き続き、研究進めます。
【前回までの免疫シリーズ目次】
免疫力が大切っていうけど、そもそも何なん?【腸と免疫シリーズ1】
免疫の異常と疾患のものすごく深い関係【腸と免疫シリーズ2】
四段構えで身体を守ったり保ったり【腸と免疫シリーズ3】
自然免疫でパトロールして、獲得免疫でいざ出陣【腸と免疫シリーズ4】
男子のケンカ(細胞性免疫)と女子のケンカ(液性免疫)【腸と免疫シリーズ5】
免疫の要、腸管免疫のしくみ【腸と免疫シリーズ6】
《もっと詳しい》免疫の要、腸管免疫のしくみ【腸と免疫シリーズ7】
不定愁訴の原因は「経口免疫寛容」にあるかもしれん【腸と免疫シリーズ8】
この記事を書いた人

- 研究員(菌作家)
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自分の目で見えて、自分の手で触れられるものしか信じてきませんでした。
でも、目には見えないほど小さな微生物たちがこの世界には存在していて、彼らがわたしたちの毎日を守ってくれているのだと知りました。
いくつになっても世界は謎で満ちていて、ふたを開けると次は何が出てくるんだろう、とわくわくしながら暮らしています。
個人ブログ→千のえんぴつ
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References

《特許出願中》
腸内フローラ移植
腸内フローラを整える有効な方法として「腸内フローラ移植(便移植、FMT)」が注目されています。
シンバイオシス研究所では、独自の移植菌液を開発し、移植の奏効率を高めることを目指しています。(特許出願中)