クロストリジウム ―ゴミの掃き溜めと呼ばれる菌たち

社会から「価値がない」と烙印を押され捨てられたものたちや無視されるものたちに、どういうわけか魅力を感じます。
彼らのそばにいて一緒に朽ちていきたいのだけれど、ヒトによって朽ちる力さえ奪われたものたち。
あるいは跡形もなく消されるものたち。
わたしは情けなく思ったり、かわいそうに思ったりするのだけれど、彼らはそんなわたしの気持ちなんて関係なく、静かにそこにただ存在する。
わたしたちはわたしたちのルールでしかものを見られないので、「善玉菌」や「悪玉菌」なんていう言葉でくくる。
中立的に、フラットにものを見ている限りはどうしても抗いがたく善玉がもてはやされていくので、わたしたちは悪玉の側につこうと思う。
それがたとえ人類との全面戦争になろうとも。
こんにちは。そろそろヒトの味方をするのをやめようかと思っています。ちひろです。
目次
ゴミの掃き溜め、クロストリジウム系統菌群
ゴミの掃き溜め。
これは某有名検査会社の方とお話をしていた際、クロストリジウム系統菌群のことを指して出てきた言葉です。
菌の解析同定を行う彼らは、ほとんど毎日のように繰り返される分類改編に手を焼いています。
昨日までは自分の家の住所が日本やと思っていたのに、起きたらアラブ首長国連邦の土地になってましたってなもんです。
パスポートも取り直しやし、郵便物の転送もせなあかんし、ていうか何から手を付けたらいいかわからんようになります。
特にクロストリジウム系統菌群に至っては、その改編がえげつない。
ここでいうクロストリジウム系統菌群とは、下記の分類で言う「綱(こう)」にあたります。

人によっては腸内細菌の8割を占めるほどたくさんいる彼らですが、病原菌以外は役割もよくわからない上になんでもかんでもこのグループに入れられてしまうので、「ゴミ溜め」と揶揄されてしまうわけです。
なぜクロストリジウムの悲劇は起きたか

クロストリジウム綱の菌たちは「偏性嫌気性菌」といって酸素のある環境では増殖しません。
死ぬのではなく、意図的に増殖をストップさせるのです。
人間が、共働きやし保育園も抽選で落ちるかもしれんから、子供産まんとこって思うのと似ているかもしれません。
臨床検査技師の方が病原菌検査などで細菌の有無をたしかめるとき、基本的に「培養」という手法を使います。
適切な培地と適切な温度や気体環境に菌を置き、何百倍何千倍にも菌を増やしてはじめて「この菌がいる」と目でわかるようになります。
言い換えると、培養の難しい菌はこれまで注目されず、場合によっては存在すら知られていなかったということ。
病原菌などをとりあえずクロストリジウムのグループにぽんぽん入れていたところ、遺伝子解析装置が華々しくデビューなさいました。
これが次世代型シーケンサー。
前にも書いたんですが、仕組みがすごすぎてもはや気持ち悪いくらいなんで、興味のある方は読んでみてください。
で、この装置の登場によって今までの分類の仕方ががらっと変わりました。
「グラム陽性」とか聞いたことありません?
グラム染色という方法で、染まるかどうかで分類しています。
あれやな、リトマス試験紙的なやつやな。
このように、こちらからの働きかけによる反応や、顕微鏡で覗いた形、出す物質(代謝産物)によって菌を分類していたんです。
人事異動のときに、「レスポンス速いし、笑顔も悪くない。営業成績もいいから本社勤務にしよう」とか、そういう感じな。
それが、DNA鑑定の結果ですべて配属が自動で決まるようになりました。シーケンサーってそんな感じなんですよ、いや冗談抜きで。
それで、出てくる出てくる。
今までクロストリジウムに気軽に分類していた菌と遺伝子配列の似た菌たちが。
「えっ、君たちこんなマジョリティーだったの?」状態。
結果、クロストリジウム綱の菌が膨大な数にのぼり、その下の「目」「科」「属」もどんどん枝分かれしていくことになったんです。
綱で見るクロストリジウム

クロストリジウム綱の菌たちは、正直この記事だけでお伝えできるほどシンプルではありません。
ただ、決して病原菌と役立たず菌の集まりでもなければ、ゴミの掃き溜めでもないことをわかってもらいたいので書きます。
わたしたちは彼らに「C. cluster」の頭をつけて、仮に9つのグループにわけて見ています。

たとえば、紫のC. clusterⅨ(9)に分類される菌たち。
2010年の分類の変更で、Negativicutes綱というのができまして、そこに含まれる菌たちです。
これももともとクロストリジウム綱にいました。
C. clusterⅨ(9)の菌たちは、副交感神経の誘導に一役買う一方で、過剰に存在すると鬱っぽくなる傾向にあるようです。
また変異した遺伝子のアポトーシス誘導も行ってくれ、免疫力の向上に貢献してくれているとも言えます。
最近ニュースになった「アスリート菌」であるベイロネラ菌もこのグループに含まれます。
これは、激しい運動などで傷ついた細胞の修復やアポトーシス(自死)を促すために増えていると考えられます。
私見ですが、アスリートの体の緊急事態に対応するために菌が増えただけで、運動能力向上のために一般人がこの菌を取り入れるのはある意味危険だと思うんですが、お金になりそうなのでビジネスが先行しているのだろうか。。。
他にもC. clusterⅩⅣab(14ab)は交感神経を優位にしたり、健康長寿者に多いと言われたりします。
C. clusterⅣ(4)は制御性T細胞(Treg)の誘導、免疫チェックポイント阻害剤の効果を左右する、炭水化物や海洋性たんぱくの分解などを行います。
腸内細菌のエンテロタイプで出てくるルミノコッカスもこのグループ。
[参考]腸内フローラの3つのタイプと、フローラバランスを決める要因の関係。
ここではとても紹介しきれないですが、彼らのポテンシャルが伝わったら嬉しいです。
自閉症やアレルギーをはじめとした多くの疾患でも、クロストリジウム綱に含まれる菌との関連が次々に見つかっています。
重要なのは、特定のグループが増えたからと言って良い悪いは判断できないということ。
腸内細菌は全体のバランスで動いているとも言いますが、C. cluster同士は親戚ということもあり、特にその傾向が強いです。
これをよく覚えておいてください。
属で見るクロストリジウム

クロストリジウムの菌たちは、もともと病原菌グループとされていました。
そのグループは、今では「クロストリジウム属」として残っています。
クロストリジウム属の中にいるいくつかの「種」を紹介します。
C. difficile(クロストリジウム・ディフィシル)
ヒトや動物の腸内に生息する菌で、成人の保有率は数%だが、新生児から小児期頃まではたびたび検出される。保有していても、toxinAまたはtoxinBと呼ばれる外毒素を産出する菌株でなければ病原性はない。
過酷な環境にも耐えうる性質を持ち、抗生物質の大量投与によって他の腸内細菌が死滅したときに過剰に増殖して(菌交代症)、下痢や腹痛、発熱を引き起こし、最悪の場合死に至る。(クロストリジウム・ディフィシル感染症)
C. perfringens(ウェルシュ菌:クロストリジウム・パーフリンゲンス)
ヒトや動物の腸内に生息する常在菌の一種だが、臭いおならの原因とされ、悪玉菌と呼ばれることもある。一部の菌は毒素を産生して、食中毒の原因になる。また傷口に感染して、重篤なガス壊疽を起こす事もある。
C. botulinum(ボツリヌス菌:クロストリジウム・ボツリヌム)
自然界に存在する毒素としては最も強力であるとされ、約500gで世界人口分の致死量に相当する。ハチミツの摂取などによる乳児期の感染には注意が必要だが、ある程度以上の年齢なら、他の細菌たちに阻止され、増殖はできない。
C. tetani(破傷風菌:クロストリジウム・テタニ)
破傷風の原因菌。破傷風の致死率は成人でも15〜60%、新生児に至っては80〜90%であり、世界最強の毒素として知られている。自分で気づかない程度の小さな切り傷から感染していることが多く、症状が出る頃には傷が治癒している場合も多い。重症の場合は全身に強い痙攣を起こす。
C. butyricum(クロストリジウム・ブチリカム)
抗生物質の大量投与時などに起こりうる耐性菌の異常増殖による疾患(クロストリジウム・ディフィシル感染症など)を予防することが期待される。酪酸産生菌としても知られる。
サプリメントなどの経口摂取による場合は、腸内に定着はしないものの、通過して排泄されるまでの間に酪酸を産生することで効用が得られると見られている。
病原菌として忌み嫌われるものや、酪酸菌としてサプリ化されてもてはやされるものまで、多種多様です。
あなたならどれになりたいですか?
わたしは、とびっきりの病原菌になりたいです。
クロストたちと仲良く暮らすには

腸内細菌にとって、自分たちの住処である腸内環境が良好であること、ひいては宿主であるヒトが健康であることは最重要かつ最優先課題です。
そのため、彼らは宿主のダメージを最小限にするために自分たちのバランスを増減させることができますが、C. clusterの菌たちは特にその傾向があります。
これは言い換えると、乳酸菌などとは違って、C. clusterたちは外からバランスのコントロールがしづらいということです。ここでは、腸内フローラ移植以外にC. clusterと仲良くする方法をお伝えします。
水をたっぷり飲む
C. clusterの菌たちは、発酵して増殖する過程で水を必要とします。お茶やコーヒーではなく、透明なお水を十分に摂取することでC. clusterを応援することができます。
かたい食べ物を食卓に
煮干しや根菜などの固い食べ物をよく噛んで飲み込むことで、唾液と口腔内細菌が混ざり合って腸に届きます。それが、C. clusterたちを活性化することにつながります。
唾液に含まれる消化酵素によりでんぷんなどは構造的にも小さくすることができるので胃や腸の消化の負担を減らせます。
口腔内細菌を大切にする
腸内細菌のうちでもC. clusterたちは、お口の菌たちと連携して暮らしています。
お口のケアというと頻回の歯磨きやキシリトールガムなんかが挙げられますが、むしろその逆のことをすると口腔内細菌のケアになるんじゃないですかね。
とかいうと敵をつくるかもですね。
[参考]口腔内細菌とお友達になりたい。むし歯や歯周病だけじゃない!
菌たちに見捨てられないように

科学技術によって、わたしたちはたくさんのことを「知る」ことができるようになりました。
量子力学から一般相対性理論まで、宇宙を支配する数多くの法則や現象に説明がつき、把握できたかのように思われています。
けれど実際のところは「知る」と「できる」の溝がどんどん深まっていっているだけなような気もします。
菌の住処としてわたしたちにできるのは、自分達の好奇心を満たしたり利用するために菌を知ることではなく、一緒に暮らすパートナーとして対話していくことなのかもしれないですね。
この記事を書いた人

- 研究員(菌作家)
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自分の目で見えて、自分の手で触れられるものしか信じてきませんでした。
でも、目には見えないほど小さな微生物たちがこの世界には存在していて、彼らがわたしたちの毎日を守ってくれているのだと知りました。
いくつになっても世界は謎で満ちていて、ふたを開けると次は何が出てくるんだろう、とわくわくしながら暮らしています。
個人ブログ→千のえんぴつ
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腸内フローラ移植
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シンバイオシス研究所では、独自の移植菌液を開発し、移植の奏効率を高めることを目指しています。(特許出願中)