日本ではなぜクロストリジウム・ディフィシル感染症が深刻化しないのか
腸内フローラ移植(便移植、FMT)は現時点で保険適用ではなく、どのような疾患に対してどのようなプロトコルを用いるのがいいのかさえ、まだまだ不透明です。
そんな中、アメリカでは政府公認で腸内フローラ移植を推奨している疾患があります。
それが、 クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI) です。
CDIや、特定の菌だけが増えてしまう菌交代現象については、以前も記事を書きました。
・腸内細菌の多様性の大切さを、クロストリジウム・ディフィシル感染症から学ぶ
・微生物は殺さずに味方につけるべし。抗菌薬の限界点。
実はわたし、5月ごろにCDIになったんですよ。
この仕事をしているため「やばい! 死ぬかも!」とちょっと焦ったんですが、そのときのお話も交えて書きますね。
いろいろな耐性菌とクロストリジウム・ディフィシル菌
耐性菌というのは「薬が効かない菌」ということです。
細菌が原因で症状が発生しているのに、抗生物質が効かないのです。
これ、怖いと思いませんか?
耐性菌には大きく分けて2つのカテゴリーがあります。
- 獲得耐性菌
- 自然耐性菌
ごく普通の細菌が突然変異を起こしてその体の構造を変え、抗生物質が効かなくなる。
もともと特定の抗生物質が効かない性質を持つ。
クロストリジウム・ディフィシル菌というのは、後者の「自然耐性菌」です。
抗生物質を大量に投与した結果CDIになりましたというのは、クロストリジウム・ディフィシル側から見るとこんな構造になります。
クロストリジウム・ディフィシル:「どうしたんや乳酸菌!僕なんともないで!」
バクテロイデスB:「ああ、俺はもうだめだ、ディフィシル、後は頼んだぞ」
クロストリジウム・ディフィシル:「何が起こっているっていうんや、相棒!」
ビフィズス菌C:「もう、この世界は、一度滅びたほうがいいのか…も…しれ…」バタッ
クロストリジウム・ディフィシル:「ビフィズスーーーーーー!!!!!!!!」
このように、仲間たちが倒れていく中、自分だけにはその抗生物質が効かない。
世界最後の生き残りになってしまったディフィシルは、あまりにも孤独で、悲しみの毒素を撒き散らすようになる。
こういうことなんです。(そういうことなん?)
CDIにはバンコマイシンという抗生物質が効く場合が多いので、これが主な治療法となります。
けれど、バンコマイシンに対しても耐性菌はいます。
平和な解決策としては、ディフィシルに仲間を取り戻してやることが大事だと思いませんか?
腸内フローラ移植の奏効率はCDIが頭抜けている
腸内フローラ移植についてちょっとでも検索したことのある方はご存知かもしれませんが、この治療法がそもそも注目されはじめたのはCDIがきっかけでした。
バンコマイシンが効かなくなって、何度も再発を繰り返し、後は死を待つばかりという状態のCDI患者さんが劇的に治ったというものです。
(参考:Duodenal Infusion of Donor Feces for Recurrent Clostridium difficile | NEJM)
クロストリジウム・ディフィシルはもともと健康なヒトの腸にも住んでいる菌です。
しかし、2002年頃にアメリカやヨーロッパを中心に毒性の強いディフィシル菌が爆発的に流行しました。
今でもアメリカでは年間50万人がCDIに罹患し、3万人が亡くなっていきます。
腸内フローラ移植によって、この数が限りなくゼロに近づくことを祈るばかりです。
実は、数ある腸内フローラ移植の研究のほとんどはCDIに関するものです。
その理由の一つが「 CDIに対する腸内フローラ移植だけが、奏効率がずば抜けている 」からだと思われます。
例えば潰瘍性大腸炎で、40回移植をしておよそ3割が寛解したという報告があります。
一方でCDIの場合、たった1回の移植で9割の患者さんが治るという事例が相次いであります。
つまり、確かに腸内フローラと各疾患は関連性が高いかも知れないけれど、 CDIに対する腸内フローラ移植はコスパがめちゃくちゃいい というわけです。
実はここに、日本国内であまり腸内フローラ移植に研究費が割かれない理由がある気がしています。
つまり、日本ではCDIが深刻化しにくいのです。
日本では深刻化しにくいCDI
冒頭にも書きましたが、実はわたしCDIになってたんです。
この話をメインに3本くらい記事を書こうと思っていたんですが、歯科と耳鼻科の悪口になってしまいそうなんでここにまとめます。
読み飛ばしてもらっても大勢に影響ないです!
欧米の抗生物質が強すぎるのか
さて、日本であまりCDIが深刻化しない理由はいくつか考えられます。
そのひとつに、抗生物質の強さや量の問題があるのではないでしょうか。
つまり、欧米のほうがなんでもかんでも抗生物質に頼りまくっている可能性があります。
西洋医学発祥の地ですし、薬やサプリメント文化も発達しています。
結果的に、ディフィシルが孤立しやすく、毒性化しやすい環境になってしまったのではないでしょうか。
日本人は最強のフローラ(だった)
今日はこれを伝えたかったのですが、CDIが深刻化しないということから日本人の腸内フローラの強さが伺えます。
それは頑強な強さではなく、しなやかな柔軟性を持った強さと言っていい気がします。
○○型、みたいな枠組みを超えた多様性が果てしない。
鎖国していたくせに、多様性がとどまるところを知らない。
前に、外国人がドナーになるのは難しいという話をしましたが、実を言うと日本人の腸内フローラだけは世界中の患者さんに適応なのではないかという考えを持っていました。
その強さの秘密は、島国というところにあるとわたしたちは考えています。
微生物、生命の起源が海にあるならば、その強さの源もまた海にあるのです。
海洋性の食べ物を食べてください、とわたしたちが繰り返し言うのもそこに理由があります。
日本人の腸内細菌は、世界中の病を救うんだと本気で思っていました。
けれど近頃、その「日本人最強説」が崩れつつあります。
インターネットで海外の健康法やライフスタイル情報が簡単に手に入る時代になりました。
人類みな兄弟ですし、人間の根底には共通するものが確かにあるでしょう。
けれど、この変化は遺伝子レベルで見ると急激すぎます。
わたしたちはまだ、シマグニの民としての性質を持っているのです。
医療、こと細菌に関しては、日本と海外の研究を混同しては本質を見失うでしょう。
日本人に生まれたからこそ持っている最強の腸内細菌たち、どうかどうか大切にしてくださいね。
この記事を書いた人

- 研究員(菌作家)
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自分の目で見えて、自分の手で触れられるものしか信じてきませんでした。
でも、目には見えないほど小さな微生物たちがこの世界には存在していて、彼らがわたしたちの毎日を守ってくれているのだと知りました。
いくつになっても世界は謎で満ちていて、ふたを開けると次は何が出てくるんだろう、とわくわくしながら暮らしています。
個人ブログ→千のえんぴつ
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