虫垂(モウチョウ)のない人は腸内フローラが崩れやすいのか?

皆さん、苦手なものとか怖いものってあります?
わたしは、踏切と行き止まりが苦手です。彼らに一定距離以上近づくと、恐怖で息ができなくなります。(っていうほどでもないけど)
あと、中途半端なものや、ほんのちょっと出っ張っているものも嫌いです。
ファイルから微妙にはみ出してる紙とか、
掃除機にうまいこと収まってくれへんコードとか、
めくれかけのカサブタは何が何でも取りたいとか、(ほんで血出る)
そういう、「表面をなめらかにしたい欲」みたいなのがあります。
なので、虫垂みたいに「ぴょいっ」って出てるやつがあると、ちぎりたくなります。(虫垂とばっちり)

虫垂は、特にこれと言って目立った働きをしておらず、長いあいだ、退化した臓器だとみなされていました。
ゆるやかな進化の過程の中で、徐々に退化していった跡というのは、人間の身体のいろいろなところに垣間見えます。
- 親知らず
…昔はもっとよく噛まないといけなかったのが、柔らかい食べ物が増えて顎が退化し、抜くようになった。親知らずが生えない人もいる。
- 耳動筋
…耳をぴくぴくってできる筋肉。小学校のとき、クラスの男子でできる人いましたよね。
- 体毛
…脇毛とかヒゲとか、剃る人増えてますね。服のおかげで毛の役割は小さくなりましたが、汗の分泌を促してくれたりします。
- 尾てい骨
…しっぽの名残り。わたしもしっぽほしい。(ぴょいってしたやつ嫌いなんちゃうんかい)
これらと同じように、虫垂も「今はもう、いらん臓器」だと思われてきました。
そのくせ、すぐに虫垂炎になるので(俗に言う「モウチョウ」)、「せっかくお腹開いたし、とりあえず虫垂も切っとく?」ってなノリで切られることも多かったそうです。
その虫垂が、腸内フローラの維持に大切な役割を果たしているかもしれないことがわかってきました。
今回は、腸内細菌からみた虫垂の役割を語ってみます。
目次
役割1:食物繊維の分解

植物を主食とする草食動物にとって、虫垂は生命維持にかかせない器官だそうです。
それは、草の繊維を構成するセルロースという炭水化物を分解してくれる細菌たちが、主に虫垂に住んでいるから。
わたしたち哺乳類は食物繊維を直接利用できないので、腸内細菌たちが食物繊維を分解して、人間の栄養源に置き換えてくれているという話は何度もしてきました。
現代の食事は食物繊維がものすごく減っていること、人間は雑食なので食物繊維からしか栄養を摂れないわけではないことから、
人間の場合は虫垂がなくても命にかかわることはほとんどありません。
だから、気軽に切ってしまってもその悪影響になかなか気づけなかったんですね。
役割2:IgAの産生にかかわる
みなさん、IgA覚えてます?
日本語で言うと、免疫グロブリンAなので、免疫にかかわることはおわかりいただけるでしょう。
免疫というのは、「自分以外を排除する」のが基本的な役割ですが、人間は自分ひとりだけでは生きていけない動物でもあります。
自分以外の動物や植物を食べて血肉になってもらい、お腹を始めとして全身に住んでくれている細菌たちに守ってもらっているんです。
その細菌たちが、「自分を守ってくれる子たちか否か」という判断を、IgAは下しているんですね。
IgAの重要性をおさらいしたところで、大阪大学の2014年の研究発表を見てみましょう。
無用の長物と考えられていた虫垂の免疫学的意義を解明|大阪大学
〈英語版〉
Generation of colonic IgA-secreting cells in the caecal patch | Nature Communications
ここでは、虫垂に存在するリンパ組織がなくなると、IgAがあんまり生まれなくなるというマウス実験の結果が報告されています。
IgAがいないと、どの腸内細菌をどれだけ腸に住み着かせればよいかがわかりません。
つまり虫垂がなくなると、ちょっとガラの悪い腸内細菌を思いの外たくさん入学させてしまったり、せっかくいい働きをしようとしてくれている腸内細菌を追い出してしまいかねないわけです。
役割3:胸腺に次ぐ免疫の学校

17〜8歳までに免疫力を細胞たちに教え込んでくれる臓器があります。
その名は「胸腺(きょうせん)」。
胸のあたりに、反対のハートマークのような形をした臓器があるんですが、これが胸腺です。
この胸腺が、免疫細胞(リンパ球)たちに、将来どんな敵に遭遇する可能性があって、そういうときはどうしたらいいかということを徹底的に教えてくれます。
この教育を終えると、もうそれ以上は新しい戦い方を学べないというのが通説でした。
でも実はそういうわけでもなくて、腸内細菌による獲得免疫のアップデートは可能だとわたしたちは考えています。
では、その腸内細菌たちに新しい免疫情報を教えているのはどこか?
それが、「虫垂」ではないかとシンバイオシスでは考えています。
第二の胸腺、その名も虫垂!
くーっ、かっこいい!(ついさっきまで、「ぴょいっ」ってしてるから引きちぎりたいとか言ってたくせに)
役割4:腸内細菌の賃貸住宅サービス
腸内細菌にはそれぞれ、「腸のどのあたりに住むか」というテリトリーがあります。
一番大きな枠で言うなら、通性嫌気性菌と偏性嫌気性菌という分け方です。
これは、空気があっても元気に活動してくれるかどうかという分け方です。
(※ちなみに、偏性嫌気性菌は空気があると死ぬとおっしゃる方がいますが、厳密には死ぬのではなく「おやすみモード」になるイメージです)
ほかにも、様々な条件があり、グループごとに住む場所が違います。
菌たちの持つ生物活性電位という、「アタシ日本人よ」的なオーラがありまして、それで自分たちの仲間のところへ向かってくれるわけです。
そのときのお手伝いをしているのが、虫垂です。
例えば、「加藤くん」が、大学入学と同時に部屋探しをするとします。
加藤くんは、自分が希望する生活環境や、隣人の希望を賃貸住宅サービスの担当の人にお話します。
加藤くん:
「すみません。4月から借りたいんですが、できれば朝のうちはあまり日光が差さない部屋で、風呂とトイレが別になっている部屋でお願いします。地方から出てきたばかりで友達も作りたいので、できればK大学の学生がたくさん住んでいるところだと嬉しいです」

賃貸住宅サービス:
「やあ、加藤くん。入学おめでとう。君の夢のキャンパスライフを実現する、とっておきの部屋があるよ。大学から歩いて8分、近くにスーパーもある。ちょっと古いけど、家賃は安いし、K大学の食堂は安くて旨いことで有名だ。お仲間もたくさんいる。安心して真夜中にどんちゃん騒ぎできるよ」
という感じで、加藤くんにとって理想的な部屋が紹介されます。
(不動産屋の人のキャラが気に障るわ)
不動産屋さんがいないと、外から入ってきた菌たちは自力で住処を探すしかなくなります。
知らないあいだに、又貸しの又貸しの又貸しで中国人の夫婦が住んでいたなんてこともありえるし、
勝手にリフォームする住人も現れるかもしれません。
虫垂、大事。
腸内フローラ移植をしていただく際の体位変換の意味も、ここにあります。
とにかく移植菌液を虫垂まで届かせれば、あとはいい按配に菌たちを案内してくれるはずだと。
かなり原始的に思えますが、結構大事な行程なんです。
ちなみに、物理的に腸管を逆流させて虫垂まで行かせるだけではなく、粘液層の内側は実は上へ上へ向かっているので、それで運ばれるんだという理屈もあるんですが、
このあたりはまだシークレットにしとかなあかんのかもしれないので、伏せておきますね。
(全部言ってしまってるけど、大丈夫?)
結局、虫垂切除は腸内細菌に影響を及ぼすのか

虫垂の役割は大きいですが、実はこの影響は、腸内フローラが落ち着く幼児期までだという説もあります。
これには理由があって、虫垂は確かにリンパ小節が集まっていて、免疫学的に重要な役割を果たしていることは果たしています。
ただ、これを切るだけで生きていけないということになるとちょっと具合が悪いので、腸内の他のリンパ小節でも代わりがきくようになっています。
アメリカでは年間30万人が虫垂切除を行っているようです。
そういうわけで、わたしたちもこれまでは「大人になってからの虫垂切除は大勢に影響ない」と思ってきました。
ただ、先日のクラウドファンディングでたくさんの方の腸内フローラ解析をさせていただいて、「あれっ」と思うような腸内フローラがいくつかあったんですね。
この「あれっ」は、ちょっと言葉にはしづらいんですが、「あれ、この腸内フローラバランス、なんかおかしいぞ」という感じです。
なんとなく、それ自体に矛盾を内包しているバランスと言えばいいんでしょうか。
ただバランスが崩れているのではなく、「歪んでいる」という感じです。
その方々の問診票を拝見すると、結構な割合で「虫垂を切除している」方がいらっしゃったんです。
虫垂炎(モウチョウ)になったら虫垂を切るというのは普通に行われていることですが、退化した臓器だと安易に決めつけて気軽に取ってしまうのはいかがなものなのかという話になってきませんか?
この理屈で行くと、特に顎が痛くてたまらないというわけでもないのに親知らずを「とりあえず」抜くとか、
美容のために脱毛をするのって、実はかなり身体に悪いのかもしれないですね。
虫垂を取ったという方、腸内フローラ検査を検討してみられてもいいかもしれません。
この記事を書いた人

- 研究員・広報(菌作家)
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自分の目で見えて、自分の手で触れられるものしか信じてきませんでした。
でも、目には見えないほど小さな微生物たちがこの世界には存在していて、彼らがわたしたちの毎日を守ってくれているのだと知りました。
目に見えないものたちの力を感じる日々です。
いくつになっても世界は謎で満ちていて、ふたを開けると次は何が出てくるんだろう、とわくわくしながら暮らしています。
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腸内フローラ移植
腸内フローラを整える有効な方法として「腸内フローラ移植(便移植、FMT)」が注目されています。
シンバイオシス研究所では、独自の移植菌液を開発し、移植の奏効率を高めることを目指しています。(特許出願中)