念のため抗生物質出しときましょう、をやめてほしい理由

ちひろです。今日の記事は出オチです。
知っている人にとっては当たり前やろうし、
念のため抗生物質をほしがる患者さんに困っているお医者さんにとっては「こっちのセリフやわ」ってなると思う。
でも、抗生物質が必要ではない場面でも気軽に使われることによるデメリットがいよいよ顕在化してきたので、繰り返しになりますがまた記事を書きます。
ちなみに、抗生物質は細菌向けの薬です。
前にも書きましたが(菌とウイルスは違う! インフルエンザの賢い増え方や治療法)、ウイルスには抗生物質は効きませんのでね。
ウイルス性の風邪に一応(意味のない)抗生物質が処方されることの多いこと多いこと。
そもそも、ただの風邪なんて寝ときゃ治るさ精神のわたしは、日本人病院行きすぎやろって思う。
この記事は、『あなたの体は9割が細菌』Alanna Collen (原著)の内容を大いに参考にさせていただきました。
目次
救世主としての抗生物質

最初に、わたしは抗生物質が発明される前の時代のほうがよかったとはこれっぽっちも思っていません。
目の前で為すすべもなく亡くなっていった人たちが、奇跡のように回復する。
これが抗生物質です。
1928年にアレクサンダー・フレミングさんという、古代ローマ人みたいな男前の名前の学者さんが(相手が亡き人でも名誉毀損になるで)、アオカビから見つけた世にも有名な「ペニシリン」が、世界発の抗生物質です。
製薬会社が実用化するまでには10年以上かかったんですが[1]『あなたの体は9割が細菌』Alanna Collen (原著)、1942年に初めてヒトで抗生物質の恩恵を受けることになった女性、アン・ミラーがいました。
彼女は流産を経験したあとに引き続いて連鎖球菌感染症を発症し、まるまる一ヶ月も高熱を出し続けていました。
いよいよ命が危ない、となったときに、小さじ一杯のペニシリンが彼女の命を救いました。
体で悪さをしていた細菌を、ペニシリンが抑え込んだんです。
それ以降、たくさんの抗生物質が開発されてきました。
感染症、つまり「予期せぬ菌が体内に侵入・増殖し、その生き物の生命を脅かす」病気はこのようにして克服可能なものへと徐々に変わっていきます。
現在では製造コストもぐっと下がり、感染症の予防策として処方される状況まで普及しています。
抗生物質はいいことづくめ、という認識が広がる
感染症は治してくれるわ、
コストも対してかからんわ、
副作用もそんな大したことないわ、
抗生物質はどんどん神格化し、もてはやされていきます。
「感染症になるかもしれへん場合は、最初から抗生物質を飲んどいてもらったら、感染症も予防できるし医療費の節約にもなるんでは?」
と誰かが思ったか思わんかったかは知りませんが、出血を伴う歯科治療や、感染症の可能性も捨てきれない軽症の症状に対しても、気軽に抗生物質が処方されるようになりました。
中にはサプリメントのように、なんとなく健康のために抗生物質を飲む人までいるそうです。これはまじでやばい状況。ラムネ食べてるほうがよっぽど健康的。
そして「いちおう抗生物質」の概念は、免疫力のまだ未熟な子どもに、より適用されています。
2000年のデータにはなりますが、なんと全処方のうち50%が子ども向けらしい。
しかもこれで1996年の半分の量になっているというから驚き。[2]use of antibacterials in children: a report of the Specialist Advisory Committee on Antimicrobial Resistance (SACAR) Paediatric Subgroup | Journal of Antimicrobial Chemotherapy | Oxford Academic
またあとで述べますが、抗生物質が腸内細菌に与える影響、そして幼少期の腸内細菌形成がどれだけ大事かを考慮すると、震えが止まらん。
抗生物質の使いすぎを指摘する声が上がり始める
さてそんな中、「なんでもかんでも抗生物質に頼りすぎちゃう? デメリットもあるで」という声が各方面から上がってきました。[3]Excessive Antibiotic Use for Acute Respiratory Infections in the United States | Clinical Infectious Diseases | Oxford Academic[4]The pervasive effects of an antibiotic on the human gut microbiota, as revealed by deep 16Ss rRNA Sequencing – Document – Gale OneFile: Health and Medicine[5]Use of Antimicrobial Agents in Consumer Products | Infectious Diseases | JAMA Dermatology | JAMA Network

腸内フローラのバランスが崩れる
まず第一にこれです。
抗生物質というのは、特定の菌だけを狙い撃ちできるものではありません。
似たような構造を持つ菌たち全般に効いてしまいます。
抗生物質にはたくさんの種類があって、ペニシリン系、セフェム系、マクロライド系など、それぞれ効きやすい細菌群がいます。
でも、実験室の中で培養皿を用いて「効いた」と認識している病原菌以外にも、予期せず駆逐されてしまう無害な菌たちもいるんです。
最近になるまでその存在すら知られていなかった、難培養性の細菌たち。
せっかく絶妙なバランスを保っている腸内細菌の生態系を、意図せず壊してしまっている可能性があります。
たった一種類の動物が絶滅しただけで、彼らが含まれていた生態系が増え過ぎたり減りすぎたりしてしまう現象を思い浮かべていただければいいかと思います。
肥満、自己免疫疾患、自閉症、アレルギー
感染症を治療・予防するために使っている抗生物質が、思わぬ病気を引き起こしている可能性があることも明らかになってきました。
いわゆる21世紀病です。
まず、心疾患や糖尿病に結びつく肥満。
肥満は食生活や本人の努力不足だけではなく、抗生物質とそれに影響を受けた腸内細菌の結果として出てきているのかもしれないという研究がつぎつぎに報告されています。[6]Antibiotics, obesity and the link to microbes – what are we doing to our children? | BMC Medicine | Full Text[7]Antibiotics in early life and obesity | Nature Reviews Endocrinology[8]Dosing of antibiotics in obesity : Current Opinion in Infectious Diseases
さらには、潰瘍性大腸炎や1型糖尿病などに代表される自己免疫疾患。[9]Role of Microbiome and Antibiotics in Autoimmune Diseases – Vangoitsenhoven – 2020 – Nutrition in Clinical Practice – Wiley Online Library
幼少期のアレルギーや自閉症スペクトラムまで、抗生物質や腸内細菌との関連が「明らか」と言えるほどに研究が進んでいます。[10]Association Between Use of Acid-Suppressive Medications and Antibiotics During Infancy and Allergic Diseases in Early Childhood | Allergy and Clinical Immunology | JAMA Pediatrics | JAMA Network[11]Early Life Exposure to Antibiotics and Autism Spectrum Disorders: A Systematic Review | SpringerLink
感染症で死亡する人が減るのとちょうど反比例するように、これらの疾患が急に増えてきました。
これまで数えられていなかっただけ、というにはあまりにも多い数字です。
一見して全然関係のない、診療科も違うこれらの疾患は、実は「自分を攻撃対象としている(免疫システムの崩壊)」という点で似通っています。
なぜ腸内フローラのバランスが崩れると、免疫に影響があるのか?
その問いには「我々の進化には常に微生物が伴走してきてくれたから」と答えたい。
免疫というシステムは「自己を非自己から守る」ために備わっていますが、いい意味でも悪い意味でも、わたしたちの体は微生物ありきで発達してきたということ。
次々に現れる耐性菌たち
抗生物質の過剰使用による結果のうち、もっとも危険と言ってもいいかもしれない耐性菌の存在。
耐性菌というのは、その名のとおり抗生物質に耐性を持った(効かなくなった)菌のこと。
ある知り合いの研究者は「人類滅亡の理由は、異常気象か耐性菌のどちらかになると思う」とさえ言っていました。
例えば子どもがどうしようもないイタズラをしたとき、家から追い出すとします。
最初の数回は子どもも反省して、シュンってなって効果てきめんかもしれません。
でも親のほうがそれにかまけて、毎回同じお仕置きをしていたらどうなるでしょう。
子どもたちは近所のファミレスで優雅に晩ごはん食べて帰ってくるようになるかもしれんし、
学校の先生に「うち虐待かもしれへんわ」とか言い出すかもしれん。(最近の子どもって打たれ弱いくせに悪知恵だけ働くってイメージあるねんけど)
「家を追い出される」という対処法に対して、耐性をつけたわけですね。
これが繰り返されると親は困ります。
何をしても、子どもが反省しなくなります。
これと同じことが、抗生物質と耐性菌のあいだで起こっているというわけ。
抗生物質で治っていた感染症が、治らなくなる。
新しい抗生物質を作る。
それに耐性を持った菌が生まれる。
治らなくなる。
耐性菌については、前にも記事にしたことがあります。(微生物は殺さずに味方につけるべし。抗菌薬の限界点。)
菌はヒトよりもかしこい。
これだけはわたしがこの4年で学んだ、数少ない真理と言ってもいいかもしれない。
抗生物質は家畜にも使われている

ちなみに、抗生物質は家畜にも使われています。
しかも本来とはちょっと違った理由で。
1940年代後期、アメリカで思わぬ発見がありました。
ニワトリなどの家畜に抗生物質を与えると、ニワトリの成長が早まり、まるまると太ったのです。
戦時中、戦後の食糧不足のアメリカで、この事実は農家にも消費者にも歓迎されました。
安い価格でお腹いっぱいお肉が食べられる!
まさに夢のような状況です。
しかも当時、抗生物質は奇跡の薬だと思われていました。
不衛生な環境で育つ家畜の感染症も防げるし、一石二鳥どころの騒ぎではなかったわけです。
2005年になって、ようやく一人の学者ジェレミー・ニコルソンが「肥満の原因は抗生物質だ」という説を発表し、物議をかもしました。
その正当性については、先に紹介したとおり。
さらに、家畜への抗生物質利用においても、もちろん耐性菌の出現は避けられませんでした。
そのうえ、抗生物質への耐性が家畜からそれを食べたヒトに移るという証拠まで出たそうです。
経済効果よりも安全性を優先する傾向にあるEU諸国では、2006年から家畜を太らせる目的の抗生物質使用を禁止するようになりました。
アメリカや日本では、まだ抗生物質が使われています。
さらに悲しいことに、家畜の糞を肥料として「有機栽培」した野菜たちにも抗生物質は吸収されています。
有機野菜ってお高いし健康やと思ってたのに、これって悲しすぎる事実じゃない?
自分で抗生物質を飲まなくても、日々の食事からどんどん吸収されちゃう。
我々にいったいどうしろと。
抗生物質と正しく付き合う

抗生物質のデメリットをたくさん挙げてきましたが、言うまでもなく抗生物質が必要な場面が確かにあり、抗生物質のおかげで命が助かる人もたくさんいます。
船が難破して無人島に流れ着いて一ヶ月。ありがたいことに真水の湧き水があったものの、食べられるものはなくまじで腹減りMAXやったとします。
そんなとき、海岸にとある荷物が流れ着きます。
「僕は、大手食品メーカーたちが売る食品は人類に21世紀病をもたらした諸悪の根源だと思います。そこでネガキャンを打つことにしました。この箱に入っているものはすべて、あなたに将来深刻な病気をもたらします。しかも、あなたの子どもたちが生まれながらに病気になる危険性さえ秘めているのです」
このメッセージと一緒に、大量のハムやソーセージ、カップラーメン、シリアル、ポテトチップス、袋入りのパンが入っている大きな箱でした。
どう思います?
ありがたくいただきますよね。
明日飢えて死ぬかもしれへんのに、将来の病気も子どもの病気もクソもないわ! ってなりますよね。
抗生物質は、こういう「非常事態」だけに限定して使うべきだと思われます。
じゃあ今抗生物質で対処している諸々の心配事にはどう対応したらいいんでしょう?
抗生物質の代替案を探っていく
抗生物質の代替案、幼少期をなるべく抗生物質なしで過ごせる方法の提案も、論文レベルで公開されています。[12]The effects of antibiotics on the microbiome throughout development and alternative approaches for therapeutic modulation | Genome Medicine | Full Text[13]Treating Children Without Antibiotics in Primary Healthcare
例を挙げると、菌そのものを殺すのではなく毒を出さないようにコントロールすることや、
プロバイオティクスやFMT(腸内フローラ移植)、ウイルスが細菌を食べてくれるというバクテリーファージの作用を利用したファージセラピーによって腸内細菌の生態系を復活させる方法が提案されています。
ファージセラピーは、抗生物質よりも特異的に菌に効く方法で、その分効率は悪いんですが「とばっちり」を受けた有益な菌たちが死んでしまうのを防げます。
消毒しすぎない
飲む抗生物質が腸内細菌に影響を与えるのだとしたら、過度な消毒(手指消毒、机の消毒、洗濯用洗剤など)が皮膚の細菌たちに与える影響も自ずと想像できます。
しかも菌たちは通信しているので、皮膚細菌が影響を受ければ腸内細菌も影響を受けます。
たとえば抗菌剤入りのハンドソープを使うと、たしかに菌たちを殺せます。
でも実は、抗菌剤の入っていない普通の石鹸と水でも、菌を洗い流すことができます。
それで十分じゃない?
こういうこと、もちろん石鹸メーカーは教えてくれません。
抗菌できるってワードのほうが、よっぽど儲かるし消費者が好む言葉だから。
しかも、菌の多くは芽胞や莢膜という「一時的に難を逃れる」という防御壁を持っています。
そんな簡単に殺されへんうえに、耐性菌を生むかもしれんくて、しかも普通の石鹸で洗っても物理的に取り除くことはできる。
本来の目的を達成するために、一番近道であり少ないリスクを取れる方法があるのに、なぜわざわざ殺したがるんでしょうか。
免疫力を上げる
これに尽きます。
これしか書くことないレベル。
ここで言う「免疫力を上げる」というのは、免疫力が過剰に暴走するという意味ではもちろんありません。
働くべきときに、働くべき強さで、働くべき対象だけに免疫システムが機能してくれることが大事。
免疫力をあげるためにできるべきことは、難しいようでいて実はそうでもありません。
あんまりお金もかかりません。
でも「免疫力 上げる」でググると、企業広告がわんさか出てくるか、そうでなければ「そんなん、わたしでもわかるわい」っていう簡単なことしか出てきません。
睡眠の質を上げるとか。
ストレスを適度に発散するとか。
体を温めるとか。
バランスのいい食生活をするとか。
そんなんわかっとるわい!
こっちは忙しいねん!
もっと手軽なんないんかい!
って思う気持ちもまじでわかるねんけど、そんなあなたは対して効きもしないサプリメントの犠牲になるでしょう。
健康維持って、基本的には難しくもないしお金もかからんけど、手間がかかるねんなぁ。
この記事を書いた人

- 研究員・広報(菌作家)
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自分の目で見えて、自分の手で触れられるものしか信じてきませんでした。
でも、目には見えないほど小さな微生物たちがこの世界には存在していて、彼らがわたしたちの毎日を守ってくれているのだと知りました。
目に見えないものたちの力を感じる日々です。
いくつになっても世界は謎で満ちていて、ふたを開けると次は何が出てくるんだろう、とわくわくしながら暮らしています。
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References

《特許出願中》
腸内フローラ移植
腸内フローラを整える有効な方法として「腸内フローラ移植(便移植、FMT)」が注目されています。
シンバイオシス研究所では、独自の移植菌液を開発し、移植の奏効率を高めることを目指しています。(特許出願中)