アレルギーに効くと噂の、魔法のクロストリジウム菌がほしい人へ

今からおよそ二年前、ちょうどシンバイオシスが研究機関として独立して活動をはじめようをしていた頃、わたしたちに予想できただろうか?
「腸内フローラ」という言葉がこれほど一般的になるなんて。
正直内容ペッラペラの美容記事も山ほどありますが、医学論文の数だけで見ても、今や人類の主要な関心と言ってもいいぐらいちゃう?
飢えを克服し、自然を予測し、大地に価格をつけて所有するようになった人類が、得体のしれないものをまた発見した。
我々はそれに興味を奪われ、あこがれ、同時にその挙動の不可解さに恐怖をも感じているのかもしれない。
そんな感じでしょうか。
近ごろ、ノアの方舟とかそういう終末論的な映画を見すぎているせいか、なんか神妙な口ぶりになってしまうわ。
目次
特定の菌と疾患の関連

医療の世界には「エビデンス」という考え方があります。
その信頼度のレベルもいろいろでして、「専門家の意見」や「1人の患者症例」などの低いものから、「メタアナリシス」「ランダム化比較試験」と呼ばれる信頼性の高いものまでいろいろ。
実際には仮説を立てた実験者の望むような結果が出やすい手法になっている場合も多いんですが、それは置いておいて。
そんな実験手法から、いろんな「信頼度の高い」実験結果が出てきます。
例えば「クロストリジウム菌がアレルギーにいい」とか、「アッカーマンシア菌が痩せる」とか。
患者さんでもよく勉強してくださっている方がいて、これらの菌を意図的にたくさんいれてほしいというお声をたまに頂戴するので、今日はそのあたりのことをちょっと詳しく書いてみます。
クロストリジウム菌とは
クロストリジウムというと、まず思い浮かぶのが「クロストリジウム・ディフィシル感染症」かと思います。
これは、抗生物質などの多用により腸内細菌の多様性が失われ、クロストリジウム属の中のクロストリジウム・ディフィシル種という菌だけが腸内での比率を高めてしまい、最悪の場合は死に至る病です。
繰り返しになりますが、生物の分類には界(かい)門(もん)鋼(こう)目(もく)科(か)属(ぞく)種(しゅ)という階級があり、大きな枠組みからだんだん細分化されて小さな枠組みに分類されます。
「クロストリジウム菌」と聞いたとき、まずわたしたちは「どの階級の話やろう」という印象を持ちます。
どういうことかと言うと、「クロストリジウム・ディフィシル」という種はいなくても、クロストリジウム目の細菌が一切存在しないヒトはもはやヒトではないからです。
なので、「クロストリジウム菌を持っているドナーにしてください」というリクエストを頂戴するとき、それが一体何を指すのかちょっと困ってしまうんです。
でも話すと長くなるしな、ということで、患者さんのご希望を斟酌するわけです。
クロストリジウム・カクテル説

東大の服部正平教授と理研の本田賢也教授が、17種類のクロストリジウム属菌からなるカクテルを作り、それがアレルギーなどの免疫の暴走を防ぐ「制御性T細胞」を増やすという有名な発表がされています。
制御性T細胞を誘導するヒトの腸内細菌の同定と培養に成功 -炎症性腸疾患やアレルギー症に効果-
今、急ピッチで研究が進められているそうなんで、この菌をピンポイントでほしい場合はよかったらお待ちくださいね。
酪酸産生菌説
アレルギーに良いという「クロストリジウム菌」は、おそらくNHKスペシャルで放映された内容を指しているのだと思います。
これをよく読んでみると、以下のような流れが見えます。
- 「クロストリジウム菌」が食物繊維を分解する
- その過程で短鎖脂肪酸の一種である「酪酸」が産生される
- 酪酸が「制御性T細胞(Treg)」を誘導する
腸内細菌とTregの関連については、下記の記事でも書きました。
つまり、クロストリジウム菌=酪酸を出す菌という図式が見えてきます。
代表的なものに、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)という種がありますが、その中のさらに1つの株であり、製剤にもなっているミヤイリ菌というものもあります。
種よりも小さな分類が出てきましたね。
それだけではなく、実は酪酸産生菌というのは他にもたくさんあります。
クロストリジウム属よりももっと大きなクロストリジウム目という分類で見てみると、その中のいくつかのグループは「酪酸産生菌」として知られています。
一方で、酪酸を産生してはいるものの、ガス壊疽菌などいわゆる悪玉菌が含まれる場合もあります。
ちなみに酪酸って、銀杏臭としても知られてて、めちゃくちゃ臭いんですよ。
アッカーマンシア菌とは

別名「ヤセ菌」と呼ばれることもあるアッカーマンシア菌。
これはアッカーマンシア属の、アッカーマンシア・ムシニフィラ種(Akkermansia muciniphila)という菌を指します。(アッカーマンシア属のうち、ヒトの腸内にいるのはほとんどアッカーマンシア・ムシニフィラ種なので)
成人保菌率は高く、1〜4%を占めると言われていますが、実際に次世代シーケンサーで測ってみると健康なヒトでも検出ラインに乗ってこないことが多々あります。
これは、この菌が偏性嫌気性菌でありながら、嫌気環境下ではムチンという糖タンパク質さえあれば培養できるという性質があるので、(〜ちょっと長くなるから中略〜)多めに観察されていたのではないかと考えられます。
疾患との関連で見ると、炎症性腸疾患の患者腸内で減っていたり、インスリン抵抗性を改善させたり、オプジーボの効果を高めたりと、現時点ではポジティブなイメージで捉えられています。
ただ、ちょっと怖いことを言いますが、患者さんの生データを見ている感覚で言うと、「がんの患者さん、やたらアッカーマンシア多い人けっこういるなあ」という実感があります。
もちろん直接的な関連があるわけではないかもしれませんが、実はわたしは「宿主の緊急事態に増える菌」という印象を持っています。
がんなどの緊急事態に腸内細菌が対応できる(=アッカーマンシアが増える)人では、がん治療も功を奏した。
一方で、がんになってもアッカーマンシアが増えなかった人は、治療も効きにくい。
オプジーボの効果を左右したという結果からは、こんな考察をすることも可能なのではないかなと思っています。
これ、長寿菌ともてはやされる一方で、移植片対宿主病(臓器移植後などに宿主の細胞が移植した臓器に攻撃される)の発症時に爆発的に増える「ブラウティア属」を思い出しませんか?
菌を移植するとただちに良くなるか

ここまでは「特定の菌」だけを見て良い悪いの判断をするのは難しいですよという話をしてきました。
次に、その特定の菌がいい菌だと信じて、それを増やしてやろうという目論見で腸内フローラ移植をした場合、すぐに効果が現れるのか?
という疑問です。
これを言うと元も子もないかもしれませんが、人によります。
が、大まかな傾向で言うならば、疾患によるとも言えます。
体はすべてつながっていて、腸や腸内細菌が健康や不調において良くも悪くも源であるということがわかってきました。
でも、腸が原因であったとしても、結果としての症状に反映されるまでにはタイムラグがあります。
ひとつひとつ、ドミノを倒していくように結果Aが新たな原因となって結果Bを生み出していくので、時間がかかる場合が往々にしてあります。
しかも残念なことに、体の優先順位と自分のエゴの優先順位は違うので、治りたい順に治るわけでもない。これが西洋医学との違いとも言えるかもしれませんね。
ドナーのバランスに近づかないのも、こういうところに理由があると思っています。
多様性ゼロの腸内フローラならドナーの腸内フローラになるのが「生着」ですが、そうでない場合は、足りない部分だけを精一杯利用しようとするのでは。
わたしたちもそうですよね。
すでに手に入れている(少なくともそう思い込んでいる)ことに関しては、あまり貪欲にならないけれど、
自分が持っていないものは何だか欲しくなる。
たくさん入れたらいいというわけではない

これは総会で清水師匠が話していたこととかぶりますが、たくさん菌を入れる、つまり腸内細菌を多く入れると「よく効く」というわけではありません。
清水師匠はよく椅子取りゲームに例えて話をしてくれます。
ここに椅子が5つあります。
腸内細菌はここに座ることで、腸管内に住み着き、活動してくれます。
腸内細菌には色んなタイプがいますが、全校生徒につき5つの椅子しかないとしたら、小学六年生の男子ばっかりが椅子を取ることになります。
それは多様性を良しとする本来の理想的な腸内環境からは外れてしまいますよね。
しかも隣の市の小学校が自分の学校にやってきて、学校対抗戦で椅子取りゲームをやったらどうでしょう。
まずは敵である相手方の生徒たちを弾き飛ばす作戦に出ますよね。
大量の菌を送り込むというのは、これに似ています。
いきなり大量の他人由来の菌が入ってきたら、排除しようと働く。
一方で、転校生の一人や二人くらいなら仲間に入れてあげてもいいかなと思いませんか?
これが、「あえて濃度を薄くする」という概念です。
他にも、増やしたい菌の絶対数が多いドナーを選ぶかどうかは、何人までの転校生を受け入れられる人かという受け手側の問題と、
大人しいタイプの菌なら(日和見菌などが多いけど)、隣の市の学校でも仲良くしてくれるんじゃないかなという送る菌の種類的な問題と、
そういった様々な要素を検討して決定します。
まとめ
- エビデンスに基づく医療が重視される中、「〇〇菌がこの疾患と関わっている」という類の研究が増えている。
- ○○菌という定義がまだまだ曖昧なので、混乱を招いている。
- 治りたい順に治るわけではない。
- 菌は数ではなく、質と受け入れ環境に依存する。
今日書いた以上のもっと複雑な背景もたくさんあるし、わたしたちがわかってないこともまだまだある。
そういうことを、このブログを見ていない人にも誠心誠意、1人100時間くらいかけて説明するべきやと思う。
それができていないのは、申し訳ないなと思う。
ただ、「○○菌をいれてほしい」というような単純な話ではないんだということがちょっとでも伝わればなと思って書きました。
微生物との共生には、受け手の資質と心構えが重要なんかもしれんな。
つまり、腸内フローラ移植というのは、「7割の人が60%くらいの効き目を実感する」のではなく、「3割の人が95%くらいの効き目を実感する」類の方法なんかもしれんな。
そんなことを真面目に考えていると、難しい思考モードになって今朝ウンコ出てないんで(もう昼の2時や)、今からふざけたこと考えよっと。
この記事を書いた人

- 研究員(菌作家)
-
自分の目で見えて、自分の手で触れられるものしか信じてきませんでした。
でも、目には見えないほど小さな微生物たちがこの世界には存在していて、彼らがわたしたちの毎日を守ってくれているのだと知りました。
いくつになっても世界は謎で満ちていて、ふたを開けると次は何が出てくるんだろう、とわくわくしながら暮らしています。
個人ブログ→千のえんぴつ
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《特許出願中》
腸内フローラ移植
腸内フローラを整える有効な方法として「腸内フローラ移植(便移植、FMT)」が注目されています。
シンバイオシス研究所では、独自の移植菌液を開発し、移植の奏効率を高めることを目指しています。(特許出願中)