1982年から続けてきた微生物の基礎研究や医療機関における臨床を経て、独自の腸内フローラ移植(便移植)方法を開発しました。微生物たちとの共存共栄には、無限の可能性があると信じています。
シンバイオシス研究所 -微生物との共存共栄-
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なんで、こんなええ子が病気にならなあかんねんと思う瞬間について

人間、ある程度の年齢になってくると、体にガタがくるものです。

腰痛、肩こり、目のかすみ、代謝の低下、夜間頻尿。
やっば、ぜんぶ当てはまってるわ。(お大事に)

若いうちは多少の無理もきくものですし、自由に体の動く幸せを噛みしめる必要もないほど、青春を謳歌できるのが普通なのかもしれません。

学生

でも、その幸せが「当たり前」ではない子たちもいます。

生活環境や食生活の乱れ、過度なストレスの多い今の時代、若いのにもかかわらず、いや若いからこそ心身を壊してしまう子が増えています。
圧倒的に多いのが、腸の疾患と心療内科系の疾患。

脳腸相関をご存じの方なら、これらは密接に関連していることは容易に想像していただけるでしょう。

何も本人の生活習慣や、家庭の環境だけが原因ではありません。
社会全体が不健康になっていく中で、鈍感に受け流せない、繊細で敏感な子たちが社会のとばっちりを食らっているような気がします。

うちの研究所の提携医療機関にも、若くして心やお腹を病んでしまう子がたくさん来てくれます。

そんな子たちを見て思うのが、「なんでこんなええ子らが、病気にならなあかんねん」ということ。
この子たちをこんな目に遭わせる神様なんて、全員禿げたらええねん、と悔し泣きしたことも1回や2回ではない。(神様って、ロン毛なイメージ)

病気は性格に大いに関係している?

脳腸相関

モンスターペアレントという言葉に似て、
モンスターペイシェントという言葉があります。

看護師や医師に向かって暴言を吐いたり、理不尽な要求をしてスタッフを困らせたりする人たちのことをそう呼ぶそうです。

まあ、たしかに、性格のねじ曲がってる人はいます。避けがたくいます。
「そんな性格やから、病気なりまんねんで」と思わず突っ込みたくなるような人も、いるにはいます。

でも、ありがたいことに、わたしの知る限りではそんな人は一握り。

逆に、「こんなええ子が病気になるなんて、世の中間違ってるわ」と思うような人がたくさんいます。
電車の中で騒いでる、パンツ見えかけの若者に、病気うつったらええねん、とか思ったりする。(あんたの性格、たまに怖いわ)

表面的には攻撃的に見えたり、治療に後ろ向きになってしまっているように見えても、
それは病気であることに疲れてしまったり、なんとかもがくその人の希望の現れでもあるはずです。

そこで「面倒な患者だ」などと思わずに、まっすぐ心を向けてお話を聞かせていただくと、少しずつ患者さんの心は溶けていきます。

よく、うちの清水が「病気になるのは性格の問題」というようなことを言うんです。
わたし、それイマイチ腑に落ちてなかったんですが、最近ようやくわかってきました。

病気になるのは、性格が悪いからではない。

気遣いをしすぎてしまったり、
それゆえに自分の思いを押し殺してしまったり、
今の世の中の悪い部分を受け止めすぎてしまったり。

そんな、ある意味で「損な性格」が、病気を呼び寄せてしまっているのかもしれないなと思いました。

こういう場面で、
「考えすぎやって。もっと適当に、ポジティブに考えたら?」とアドバイスしてくるタイプが、わたしは嫌いです。(相手もご厚意で言ってくれてんのに)

病気は試練であるのか

病気は試練

「神は、乗り越えられる試練しか与えない」

確か、ドラマ「JIN -仁-」の中のセリフやったと思う。
大沢たかお演じる医者が、江戸時代にタイムスリップするやつ。(ただただ、たかお様状態やった)

この言葉を、病気で苦しむ人にかけるとき、いつも迷います。
極力、病状が落ち着いていて、本人に余裕のあるときにかけることもあります。

子どもが親を選んで生まれてくる、と言われるように、
病気も人を選んでいるように思う時がある。

自分にきちんと向き合って、受け入れて、そして克服していってくれる人にだけ、
言い換えれば自分をうまく成仏させてくれる人にだけ、病気の種は頼っていくのではないでしょうか。

ただ、本当に苦しくて苦しくてたまらないとき、こんな言葉はなんの慰めにもなりません。
「そんな試練いらんから、とにかく今の苦しみを取って!」と、当然ながらなります。

いったい、この愛らしくて思いやりのある子は、これほどの病気になにを試されているのだろう。
彼女が病気になったことには、なにか意味があるのだろうか。
あるとしたら、どんな意味が?

医療とは、「患者さんが自分で治る力」を最大限に引き出すために存在するべきだと個人的には思うのですが、
それでは医療に、わたしたちにいったい何ができるのだろう?

病気を経験することが人に与えるもの

病気の経験

大きな病気をした人や、すごく苦しんだことのある人に共通することが一つあると思います。

それは、「人の痛みがわかる」ということ。

結果として、ねじくれてしまっても、ものすごく優しい人になっても、いずれにせよその人には目の前の痛みが嫌というほどわかるはずです。
経験した人にしかわからない痛みがわかると、そこに「通い合い」が生まれます。

つらい状況にある人にとって、「あ、この人わかってくれてる」という安心感は、何より大きな信頼につながります。

昔、大学時代に友達と話していたとき、彼女が言った言葉がとても印象に残っています。

「私はなんの苦労もしたことがない。それがコンプレックスだ」と。

友人は優秀で思いやりのある素晴らしい女性でしたが、未知の苦労が怖い、苦労はしたくない、と地元の小さな会社に就職していきました。

なにもそれが悪いと言っているわけでは決してありません。
むしろ、その選択をした友人は勇気のある人だと思います。

でも、今病気で苦しんでいるあの子には、できたら同じくらい苦しい思いをしている人を救い、癒やす仕事に就いてほしいなと思います。

病気が試練で、
それを乗り越えることで深い人間になれて、
じゃあ、その獲得した深い人間力で他の人を癒やしてください、って割に合わへん感じ?(考え方が損得勘定やねん。まず手に持ってるそろばん置き)

調子が悪い中遠くから来てくれて、前の記事を読んでくれて、こんな言葉をかけてくれました。

「ちひろさんが、移植した腸内細菌大事にするって言ってたから、決断したんです」

可愛らしすぎるやろ。
ぐりぐりしたくなったわ。

ここでは書きませんが、少し勇気のいる決断をした彼女。
今日もわたしに元気をくれて、帰っていきました。

8歳も年下の女の子に、医療従事者が元気をもらっている。
ありがたいなあ、と感じるとともに、昨日は深夜までワインを飲んだくれ、今朝の朝ごはんはマシュマロという、最低な自分を猛省しています。(アカン大人やないか)

ちゃんと、りんごとナッツも食べましたし、最近は睡眠とちゃんと取ってますので、腸内細菌たちよどうかご機嫌を損ねられないように、伏してお願い申し上げます。

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自分の目で見えて、自分の手で触れられるものしか信じてきませんでした。 でも、目には見えないほど小さな微生物たちがこの世界には存在していて、彼らがわたしたちの毎日を守ってくれているのだと知りました。 いくつになっても世界は謎で満ちていて、ふたを開けると次は何が出てくるんだろう、とわくわくしながら暮らしています。 ご挨拶と自己紹介も併せてご覧ください。
腸内フローラ移植(便微生物移植)を知っていますか?
わたしたちの腸に暮らす腸内細菌たちと健康との関連が、世界中で次々に明らかになってきています。 「すべての病気は腸から始まる」と言われるように、腸内環境が崩れると病気を引き起こすことが知られています。
健康な人の腸内フローラを移植することで、ふたたび健康を取り戻そうという治療法に期待が高まっています。
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